明けて早々にエロ小説の書き方について
遂に2020年が始まった。今年ねずみ年……俺氏、年男である。去年は個人的な転換の年だったのだが、さあ今年の運勢は吉か、凶か……あまり深く考えずに思うがまま楽しく生きることも人生大事だ。多分。
今年の抱負は「やる気を出す」「前向きに生きる」。毎年のように言ってる気がするが、今年こそは実りのある過ごし方をしたいと思う。
さて、基本的にこのブログは話題があるときしか書かないので、本題をば。
エロ小説においての地の文の割合について。
昔はさておき、今執筆しているのは主に創作BL小説、多くがR-18作品だ。当然小説は登場人物が喋る会話文と、そうでない地の文とで構成される。俺は一人称視点と三人称視点、作品の毛色によって書き分けている。
どちらも書いた上で、個人的にはやっぱり、一人称視点のほうが何かと楽だと感じる。状況説明などがそのキャラの知能に依存してしまうのはあるが、凝った言い回しをしなくていいし、たったひとりのキャラの主観でしか物事を見ないので、展開がサクサク進む。そして三人称視点のときよりも、会話文が地の文より多くなっても許される(気がする)。
とはいえ三人称視点で一般文学小説もどきの地の文をズラズラ並べ立て、会話は最小限にする手法も好きなので、本当にその場その時、というか話によって分けている。
だが、R-18タグがつく話を書くとき。
正直、小説としての正しい手法がどうのとかいう話は、公開している媒体が無料である限りあまり気にする必要はないんじゃないかと思う。お金をかけて出版し、読者は対価を払って作品を読むという形でなく、「ただ趣味で、好きが講じて、欲望のままに、読み手のことなんか知ったこっちゃねえ俺だけが幸せになるための作品だ!!」というスタンスなら、好きに書けばいい。それをふらりと立ち寄って時間潰しに無料で読んだ人が何を言う権利も必要もないだろうし、好みじゃなければブラウザをそっと閉じればいいだけの話だ。
……なんだけれど、やはりそんな作品でも、一定の評価を貰うにはある程度の手腕や法則があるんじゃないだろうか。R-18タグがついた創作BL小説でも、多分きっとそういう「読まれやすい・評価を貰いやすい・リピーターが増えやすい」作風が存在するのだ。
自分のために書いてはいるけれど、公開するからにはやっぱり少しでも多くの人に読んでもらいたいし、この気持ちを分かち合いたい。そんな感情が俺にもある。けれど、作風を曲げてまで評価を貰いたくはない。好きなように、思うように書いたものこそ見てもらい、それで少しでも誰かの心にも残ってくれるならこれほど嬉しいことはない。
自分の考えたものを自分だけの記憶として留めておくのではなく、誰かの記憶としても残してみたい。
そんなことを最近は思うようになってきた。気づいたというべきか。
話を戻す。pixivでブクマが多い創作BL小説を見ていると、地の文より圧倒的に会話文が多く、さーっと読むだけで濡れ場の状況がわかるようなものが多い。確かに読みやすいし手軽に抜けるし、事実、俺の投稿している作品の中でもそういう作風に近いものが突出してブクマ数が多かったりする。(自身でも意識して会話文を増やしてはいた)
俺は頭が良くないから凝った表現を使ったりもできないし、文学とは似ても似つかないせいぜいラノベくらいのものしか書けない。読者はおそらくあまり堅苦しい表現を求めていないライトな層なんじゃないかと勝手に想像してる。だからこそ、あまり地の文を長く続けると読む気が失せたり、エロにもシリアスにも振り切れない、中途半端で読む価値のない作品だと思われたりしてるのかもしれない。
そういうことを考えたとき、少しでも読者を増やすにはどうしたらいいのか。単純に作風の問題か、それとも話が面白くないからか、タグやキャプションなどのアピール方法がよくないのか、亀更新だからか、もういっそ作者の人間性が駄目だからか?? 色々と挙げてみるが正解が何なのかはわからないし、結局地道に書いていくしかないのかなとも思う。でもやっぱり度々悩む。「魅力がないから」といえばそれまでだし。
俺は今の自分の作品が好きだし、誇りを持っている。今の作風で、読んでくれたり、評価をくれる人がいることを心底有難いと思いたい。それだけは確かだ。
まあ、目下の目標は、執筆スピードを上げるということで……課題が多すぎて一体どれから手をつけたらいいかわからんな。ぼちぼち頑張っていこう。